七月五日(木)の日記

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用もないのに秋田に来ていて、ホテルでこれを書いている。‪

どうしてずっと雨が降っているんだろう?と不思議に思っていたけど、梅雨あけの東京から梅雨前線を追いかけて来てしまったみたいだ。‬

 

行き先は、用がなければないほど、意外であればあるほど良かった。うまく説明できないけど、自分にとって完全に想定外の土地に来てみたかった。
今やらなきゃいけないこともやりたいことも、ノートパソコンと通信環境さえあれば全てクリアできる。だからそうしない理由がなかった。


もうじき三十三歳になろうとしているのに、思えば私には自分の意思で旅行した経験が一度もなかった。
社会人になってからの旅行の思い出といえば、出張のついでに観光地までぶらっと足をのばすか、旅好きの交際相手を喜ばせるために同伴したことが数回あるくらいだ。もちろんそれらは楽しい思い出だけど、自分の意思じゃない。
だからといってべつに旅行が嫌いというわけではない。ただ単純に、出掛けるよりも自宅の椅子に座って本を読んだり、なにかを書きつけたりするのが好きなだけだ。

だからこそ今この機を逃せば、ふと思い立って旅に出るなんていうシュチュエーションは当分の間やってこないような気がした。
この気持ちが新鮮なうちにすみやかに行動開始する必要がある。

週末が返却期限のレンタルビデオビデオ屋に返して、コインランドリーで洗濯物を乾燥させている間に、銀行のATMでとりあえず二十万円引き出す。近所の薬局で日焼け止めクリームと化粧水と旅行用のシャンプーを買う。洗濯物を回収して部屋に戻り、鞄にノートパソコンとkindleと紙とペンと洗面道具と化粧ポーチを詰め込む。
ここでちょっとだけパニックになって卵をいくつか茹でた。これも持っていく。
どれくらいの期間滞在することになるかわからないので下着や服は適当に詰めた。足りなくなったら現地で調達するなり洗濯するなりすれば良い。

荷物を抱えて駅までの道を歩くと額に汗がにじんだ。午後三時過ぎ、この時間に表をぶらぶらしているのは親子連れか老人ばかりだ。
田舎でも都会でもジイさん達は、どうして揃いも揃ってアポロキャップをかぶっているんだろう。

最寄り駅から大宮まで出て、しばらくブラブラしてから駅に戻って東北行きの切符を買った。
新幹線に乗って、秋田に向かうことにする。秋田には一度も行ったことがないし、何があるのかもよく知らないから。
新幹線に乗るときの習慣として半自動的に、崎陽軒シウマイ弁当とサッポロ黒ラベルの三五〇ml缶を二本買った。

 

指定席のシートに座るとすぐに新幹線がホームを滑り出る。 なにが起こっているのか、自分でもよくわからないまま缶ビールのプルタブを引き起こすと、今までに何度も聴いたことのある音がして、それでようやく現実感がわいてきた。

窓ガラスにうっすら映る自分の顔を横目で見てヘラッと笑った。